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地球(日本)の真裏🌎:アルゼンチン🇦🇷では、(今でも)英雄の大統領夫人:『エビータ』...。

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日本では、エバ・ペロン(エビータ)をなんて言う名前は聞いた事も無い...と思う。

第29代アルゼンチン大統領:ファン・ドミンゴ・ペロン奥方の事。

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今でも首都:ブエノスアイレスの街中に「エビータ」が溢れています。

1996年にマドンナ主演のミュージカル仕立ての映画『エビータ』がヒットして、知ることになった方も多いかと思う(若い方はこれも知らんね)。

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これ、これ。覚えてる?

アルゼンチンという国は、南米では唯一、白人だけの移民が集まった国(少なくともアルゼンチン人たちはそー思いたがっている...)であり、南米では最も優れた国(だと本人たちは思っている...)な筈なのに、もう何十年(恐らく100年近く)も経済がどん底で、世界で一番デフォルトをしまくっている国の1つ、2021年現在も、もう本当にどん底(コロナだけのせいでは無い)、

この10年間でアルゼンチンペソが対US$で更に1/10にまで価値が下落している状態...😥

しかも、外貨管理が厳しく、国民はおろか、外国人も外貨の購入が禁止されており、外国人駐在員の給与がどんどん(価値が)溶けているのに...どうしようもできない現状なのよ。

そんな状態で、国民の心身的な健康状態が保たれている筈もなく、多くのアルゼンチン人は常に眉間にシワをよせたものが多く、人間関係が結構殺伐としている...気がする(これはブラジルに住む私の勝手な思い込みだけど)。だって、どう考えても彼らの生活が楽だとはとても思えないし...

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そんな歴史のせいなのか...

自分たちと一緒で、苦労して、這い上がったヒーローの人気はいつまでもすごい。

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左:ビルにエビータ/右:街にエビータのブロマイド

この国は、ロケーション的に「日本の真裏」にある為、日本人には殆ど縁も所縁もない、通常なら知る、知られる由のない国。

でも、実際には人は優しい(特に日本人に対しては)し、プライドが高い為、仕事はできる者が多く💼、ブラジル🇧🇷よりもよっぽど仕事はしやすい😅。

しかも、実は自給自足率が100%を超えており、「(牛)肉🍖最高、「ワイン🍷美味い〜!更には「石油も採れるし、地下鉱山資源⛰もたくさん埋まっている(らしい)...

この国からは、途轍もなく傑出した人物が、時々登場する。

超・有名なところでチェ・ゲバラ💣」「サバチーニ🎾」「マラドーナ⚽️」そして「メッシ⚽️」.....今のローマ法王なんぞもアルゼンチン人。

PS)実は『メッシ』は...子供の頃に才能を見出されて、スペインに連れて行かれ、そこでエリート教育を受けて、一流選手になった...と言う意味では、アルゼンチン本国では、それ程「人気がある訳ではない」...余談まで。

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神の手マラドーナと往年のサバチーニ
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フランシスコ・ローマ法王とメッシ

そんな英雄の一人が、このエビータ
政治にかかわったのは僅か5−6年間。

死去して既にもう60年以上も経っているが...未だにこの国では大切な英雄の一人としてアルゼンチン人の記憶・記録に大切に収められている模様〜

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エビータ博物館もあるじょ...。近年は、現代風にマンガチックになりつつ...

街中にエビータの写真やモニュメントを目にする機会が多く、また彼女が埋葬されている墓地も今や一大観光地となっている。

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レコレータ墓地にあるエビータの墓の一角は、いつも観光客で溢れている

『エビータ博物館』は、2001年からパレルモ地区と呼ばれる高級住宅地にひっそりとした佇まいの中で一般公開されている...

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エビータ博物館

ここではエビータの貧しい生い立ちから、大統領夫人に登りつめる生涯を、ビデオや写真・当時の新聞記事などで紹介してたり。

まあ、内容といえば、展示物もそれ程多くなく、とても陳腐な感じなので、スペイン語が読めない方やエビータに思い入れのある方以外には.....あまり面白くないかも...しれんが。

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観光客でいっぱい...いつも...

昔から貧富の差が大きく貧しく無学な労働者階級が多い当時のアルゼンチンという背景の下、そんな庶民的でありながら大統領夫人にまで上り詰めた人物像が大衆に受けしたと言う要素があるかも。

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エビータ博物館

...また、今のような情報ツールが殆どない中、ラジオをその情報源・娯楽として楽しむ時代に、そのラジオの中の番組に出ていたエビータが有名になってゆくのも自然な流れだったとか...

第二次世界大戦終結直後の1945年10月に、軍によるクーデターが起き、ペロン(旦那)が刑務所に服役した時、エビータがペロン支持者の指示を受け、ラジオで国民に向かってペロンの釈放を呼び掛けた事によりペロンは釈放され翌年ペロンは大統領の地位を獲得したんだとか。

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1952年に33才で子宮ガンにより亡くなったエビータの遺体はその後、1955年から1976年の間、アルゼンチン国内の国勢事情から、イタリアやスペインを転々とし、21年後(1973年)に漸く、ここレコレータ墓地に戻ってきたそう...遺体すら、全く数奇な運命を辿っていたよう...

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革命家:チェ・ゲバラアルゼンチン出身の英雄

ところで...

その時の時代背景は、エビータが死んだその年1952年は、あのチェ・ゲバラは、まだブエノスアイレス大学在籍中の医学生

彼のその後の人生を大きく変える事になる南米大陸の旅🏍に出た年に当たる。

大学を終えた後、彼は、その後「革命家」の道にまっしぐらに走って行く事に...

 

...時々、すごい英雄が現れる...そんな国...「🇦🇷アルゼンチン」。

 

以上!